えどさき笑遊館 トップページ
1.八坂神社と江戸崎祇園祭の起源
2.現在の江戸崎祇園祭
3.江戸崎祇園祭の開催日/
神輿・宵祇園・本祇園
4.江戸崎の山車について/
5.まつりが始まるまで〜その準備
戸張十字路付近での神輿(門前町)
鹿島神社境内の神輿(戸張町)
御仮屋に鎮座の神輿(門前町)
獅子の先導(本宿町)
お田植え祭(田宿町)
■ 江戸崎祇園祭の開催日 (7月の第3週の金・土・日曜日)

江戸崎祇園祭は、7月25日、26日、27日に行われていましたが、時代の移り変わりとともに7月の第3金・土・日曜日の開催に変わりました。
■ 第1日目〈神輿〉

〈神輿〉第1日目(お迎え)神輿は、御仮屋から当番町によって八坂神社まで運ばれ、神官の祝詞奏上後、すべての明かりが消され、白布のマスクをした神官によって御神体が神輿に移されます。
この時、大太鼓と笛による、ゆっくりとした重みのある囃子が始まります。
このお囃子は、お仮屋に鎮座するまで続けらます。


また、当番町祭典係(2人)は、神官のもつ杯に二度神酒を注ぎ(同じ動作を二回くり返す)、さらに二手に別かれて、神官、当番町、氏子総代、天王町役員に神酒を差し上げ、終了後、当番順に町名を呼び上げ(一番○○町のごとく)、各町世話人に神酒を差し上げ、町名の書いてある番号札と合力代(負担金)が書いてある紙の入った封筒を渡します。

さらに、これが終わると、祭典係2人が交互に神酒を酌み交わし、最後に神官へ同じ要領で神酒を差し上げます。そしてすべてが終了すると、天王町役員の先導で御輿が出発します。
(各町の役員は、町内境界で神輿を出迎え、順次引き継ぎ先導して行きます)

なお、鹿島神社でも同じような要領で、御神体が神輿に移され、御神酒奉盃の儀が行われ、休憩後出発します。やがて、神輿がお仮屋に近づくと、焚上げといってお仮屋の前に高く積まれた藁に点火されます。

神輿は、燃え盛る炎のまわりを7回まわり(時計回り)、お仮屋に鎮座します。
この間、各町の若衆や信者が、注連縄を腰に巻き、滝を浴びて、駆け足で御神滝と神輿の周りを7回往復します。焚上げの灰は、みんなが争って集め、田にまいて豊作を祈ったり、神棚に上げて家内安全・商売繁盛を祈ったりします。また、この灰を身に付けていると健康になると言い伝えられてもいるようです。

神と火と水は、大変深いかかわりをもっているが、それらにかかわるお祭り事が同時に行われることは、大変珍しいことであるといわれています。

神輿がお仮屋に鎮座すると、これまでと同じような要領で御神酒奉盃の儀があり、神官のあいさつがあって第1日目が終了します。
■ 第2日目〈宵祇園〉

この日は、神輿の担ぎ出しをせず、終日、御仮屋(おかりや)に飾られ(鎮座され)ます。

往年では2日目も江戸崎町内を巡行していたようですが、近年に簡略化されました。
巡行路は、明治28年両社祭典記録によると、八坂神社鳥居〜戸張町四っ角〜門前〜浜町〜西町〜犬塚まで巡行されていたとのことです。

2日目は主に山車の巡行が祇園祭の主役になっています。
■ 第3日目本祇園

神輿の遷御に先立って、“お田植祭”が行われます。

先駆として、神官のお祓いを受け,五色(青、赤、黄、白、黒)幣束を背中に立てた「神馬」を、御仮屋から八坂神社まで走らせます。(近年では省略されています)
お田植祭は、当番町の若衆による仮装行列という形で行なわれ、籠に入れて運ばれた稲苗を八坂神社に奉納します。

次に、ころあいをみて、祭典係神輿頭は、次の当番町まで獅子などの準備が出来た旨、出迎えにいきます。

出発前に祝詞奏上、御神酒奉盃の儀があり、手締め、獅子の異常の有無を点検し、鹿島神社まで獅子が先導します。獅子は翌年の当番町が行います。

神輿が鹿島神社に到着すると、神官による祝詞奏上があり、すべての明かりが消され、白布マスクをした神官によって、御神体が本殿に納められます。

そして、祝詞奏上、御神酒奉盃の儀があり、休憩(夜食)後出発。神輿が八坂神社に到着すると、天王町若衆の先導で左回り(時計回り)に、神殿の周りを3 度回って安置され、鹿島神社と同じ要領で御神体を本殿に納め奉られます。

御神酒奉盃の儀後、当番町祭典が、神官の前に三つの盃を乗せた三宝を置き御神酒を注ぎ、盃をを飲み干します。終わると神官のあいさつがあり、手締めをして3日間に渡る祭礼は、めでたく千秋楽となります。