現在も残る江戸崎城の名残
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左は現在の本城跡。江戸崎小学校の裏手に位置する「城山」。右は「桜山」と呼ばれた見晴し台のあった場所。
昭和初期に山が削られて、江戸崎小学校の運動場が作られた。 |
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鹿島神社境内
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左図は「古城図」に表されている、本城と二の丸付近。ほぼ現在の鹿島神社境内に位置する。
黒く太線で表されているのが「土塁」。 |
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土塁の跡に祀られる三峰様。
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| 二の丸と推測される鹿島神社境内には、現在も土塁の跡が見られる。 |
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左図は「古城図」に表されている三の丸付近。現在の西町。西からの外敵を防御する要となっていた場所である。
城内にはいるとクランク状態に道が曲がっている。切通町、大念寺前。敵を迎え撃つのに適したつくりになっている。 |
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「本城」の東側に表されている「町屋」。上に「丁」と記されているのは「町」という意味である。
現在の大宿町〜荒宿町〜根宿町〜本宿町〜浜町付近。 |
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「古城図」に表されている侍屋敷付近。土岐氏の重臣が住んでいた場所である。現在の戸張町から坂本医院の前を通り、
不動院と続く道である。(下に記されているのは、不動院の山)江戸崎城を防御する最大の要とされていた場所である。 |
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「古城図」に表されている戸張町の中央十字路付近。北方向から本城への敵の侵入を左右に分散させるために「T字路」
だった。後に十字路になったために、道が若干互い違いになっている。 |